無差別攻撃論を批判する [イスラーム]

新聞を読んでいたら、驚くべき記事に出くわした。新聞記事を引用しよう。

米統合軍参謀大学(バージニア州)で、過去の歴史に照らし、一般のイスラム教徒に対する無差別攻撃が容認され得るとの講義が行われていたことが17日までに明らかになった(1)


さらに、以下のようなことも記事にあった。

「無差別攻撃も選択肢としてある」 「イスラム教の聖地であるメッカへの攻撃にも(無差別攻撃は)当てはまる(カッコ内は引用者による補足)」 「イスラム教徒について・・・『ユダヤ教徒やキリスト教徒を憎み、決して友人とみなさない』」(2)


ちょうど私たちは、世界史の授業でイスラームの寛容さについて学んできたばかりである。喜捨
(ザカート)による苦しむものの救済や、義務への柔軟な対応、断食の意義などを話した。また、日本にとっても非常にイスラームが身近になっていることを浜松のモスクや留学生、大学の食堂、日本人の身近なイスラーム教徒などの例を用いて説明した。無理解は現実的な意味においてまずいのだと話した。たとえば、宗教上の理由で食べられないものを、知らないがゆえに無理にすすめるのはよろしくないが、知らないとそういったことも起こってしまう。

しかしこの記事は!おろかな!!大学の講義でそんなことをいってよいものか?とはいえ、感情的に議論することは私の求めるものではない。高校世界史の知見やジュネーブ条約の文章をもとに大学の講義内容を批判する。

まず、無差別攻撃は成立しないことをジュネーブ条約追加議定書を引いて議論する。ジュネーブ条約追加議定書は内容が多いが、たとえば「文民(軍人でないもの)は軍事行動から保護される」(3)という趣旨の規定を示している。しかし記事ではテロ行為を行っているのだから、ジュネーブ条約を考慮する必要は必ずしもないと紹介している(4)。確かにジュネーブ条約には「敵対行為に直接参加しているものは保護されない」との規定がある(5)。だが、それをもって無差別攻撃がありうるというのは飛躍しすぎである。なぜなら、ジュネーブ条約追加議定書を読む限り、攻撃の対象になりうるのはテロを行っているものだけだからである。敵対行為に直接参加しているもの=イスラーム教徒一般というのはどうみても無理があるだろう。

また、聖地への攻撃は明らかにありえない。なぜなら、ジュネーブ条約追加議定書において明確に礼拝所の攻撃は禁じられているからである(6)。例外事項は特に書かれていない。なお、東京への空襲などの歴史的事例からメッカ空襲をも正当化することは出来ない。なぜなら、東京空襲はジュネーブ条約追加議定書成立以前の出来事だからである。成立したいまとなっては、過去を用いて現在の蛮行を合理化することは出来ない。

もっというと、ジュネーブ条約は宗教をかなり尊重している。たとえば、捕虜となっても宗教上の実践を行えるように保護すべきということや医療関係者と同様に宗教関係者も保護されなければならないと明記されている(7)。特に「どの宗教の」と入っていないことに注目してほしい。特定の宗教を名指しして無差別攻撃を容認するなどというのは、ジュネーブ条約の精神に反しているのは明確ではないか。

最後に、イスラームと異教の関係を見る。ここからは高校世界史の知識でついてこられる。確かに、イスラームは十字軍においてキリスト教徒と争った。しかし、近年の研究では、十字軍の時代にもムスリム(イスラーム教徒)とキリスト教徒が共存していた事例が報告されている(8)。さらに、イスラーム国のムガル帝国では、偶像崇拝を行うヒンドゥー教徒に対して税金の免除さえも行うという寛容性を見せている。また、歴史的には制約を課すものの、キリスト教徒やユダヤ教徒も「啓典の民」として存在できた。少なくとも、キリスト教徒は、無差別攻撃してよいという対象ではなかったはずである。

「自分たちと違う宗教だから」「自分の国じゃないから」・・・そんな気持ちがあるなら、ちょっと怖い。私たちは勉強によって、想像力の翼も育てたい。高校や大学で歴史や地理、古典、外国語といったものを学ぶのは、ひとつには、「いま、ここ」だけしか見えない暗闇を抜け出すためである。「いま、ここ」だけでいいとするなら、それを突き詰めた究極形は「自分だけよければ」となってしまうぞ。

本来は皆さんが世界史を学ぶためのツール(本、DVD,音楽、アイテム・・・)を紹介するなどを通して、皆さんと世界史の世界をつなぐ橋を目指すことがこのブログの理念であった(と心の中で理念をたてていた)が、今回はこういう記事を書かずにはいられなかった。ご容赦を。



(1)http://sankei.jp.msn.com/world/news/120518/amr12051811230001-n1.htm(引用日時 5月19日)。大学生の皆さんのために。引用するときには必ず出典を挙げなければならない。

(2)静岡新聞、5月19日朝刊。

(3)http://www3.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdf/B-H1617-017.pdf 外務省による紹介。

(4)(2)に同じ。

(5)(3)に同じ。

(6)(3)に同じ。

(7)(3)に同じ。

(8)商人の交流、両者のチェスの記録、ムスリムとキリスト教徒の同盟などの事例がある。
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