黒い理由(ウイリアム・アイリッシュ風に) [中世ヨーロッパ]

授業で、エドワード黒太子のよろいはなぜ黒かったのかという疑問が出た。返り血で黒かったという説が提唱され、まさかとも思ったのだが、少し調べてみたところ、なかなか鋭い説だということがわかった。彼に関しては手元にある資料は限られているが、黒い理由に関して挙げられている説を列挙してみる。

・「黒には勇猛という意味がある」説
この説は『世界史辞典』(数研出版)に書かれていた。

・「着用したよろいが黒い」説
代表的な説で、たとえば『世界史のための人名辞典』(山川出版社)などに取り上げられている。ただし、黒かった理由については書かれていない。そのほか、『世界史事典』(平凡社)もこの説を採用している。

うーん、創造が膨らむ。本当に返り血かもしれない。ウィキペディアをみてみる。

・「残虐行為=黒」説
ウィキペディアでは、後生の創作かもしれないとしつつ、黒とは彼の残酷な行為を示すという説を取り上げている。

・「よろいを磨いていなかった」説
同じくウィキペディア。夢を打ち砕く見事な説である。磨かないとよろいが黒ずむようである。

英語版のウィキペディアには、もう少し詳しく書かれている。要約すると、黒というのは彼の同時代の言い方ではなく、やはり後生に作られた呼び名だという。では、黒とはなんなのだ?

確たる証拠はないとしつつも、「鎧もしくは盾が黒かった説」「残虐=黒」説が紹介されている。「エドワードという名前が紛らわしいから修飾語をつけた」というような考えもあった。

確実な証拠は発見されない問題のようだが、ここまでの説を見ると、「返り血の黒」せつもなかなか鋭い説だなぁという気がしてくる。

追伸
もし、エドワードが明るかったら、エドワード明太子になっていただろう。そして昭明太子は、すでにそうなっている。


参考ウィキペディア

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E9%BB%92%E5%A4%AA%E5%AD%90

http://en.wikipedia.org/wiki/Edward,_the_Black_Prince
nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 2

抜都

いろんな説があるんですね

どれが本当かははっきり分からなくても,いろいろ想像できると楽しいです。

それから・・・
昭明太子ってそういう意味なんですか!?
by 抜都 (2012-09-08 08:56) 

morning-trap-ice

抜都様へ

そうですね。証拠が少ないので、かえっていろいろな仮説が生まれてきています。歴史研究は史料上の証拠に基づかなければなりませんが、歴史を楽しむには、創造を楽しむのも素敵だと思います。サラディンの声も創造してみてください。

昭明太子は、王族なので太子とつきます。昭明は、死んだ後につけられるおくりな、つまり、生前の業績に応じて死後に与えられる名前のようなものです。「明」というのは鎧が明るいという意味ではありませんが、学問や政治における明晰さのようなものを表現していると思います。ですから、すばらしい太子ということになると思います。けっしてめんたいこがスキだったからではないと思います。
by morning-trap-ice (2012-09-08 22:31) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。